リタリン乱用のリスク


2007年9月18日、東京都と新宿区保健所は、適応症でない患者にメチルフェニデート（日本での商品名はリタリン）を処方していたとして、医療法違反の疑いで新宿区内のクリニックへの立ち入り検査を始めました。
リタリン：新宿の医院に都が立ち入り検査　不適切処方で (毎日インタラクティブ)

またリタリンへの依存症を発症し、その後自殺した名古屋市の男性についての記事も掲載されています。
リタリン：大量処方で幻覚　２５歳男性自ら命絶つ　名古屋 (毎日インタラクティブ)

もうひとつ、リタリン依存症に関する国立精神・神経センターの調査に関する記事もあります。
薬物依存症：「リタリン」で急増　医師の安易処方が原因か (毎日インタラクティブ)

追記(2007.9.20)
こんな記事も出ていました。
リタリン：５病院で処方、余分をネット販売…都内女性告白 (毎日インタラクティブ)
毎日新聞えらく気合いが入っていますね。基本的にこの新聞の医療関連の報道姿勢には大いに疑問があるのですが、この件に限っては応援してもいいかという気になります。医療には叩けば埃が出る場所はたくさんあります。叩いても汗や血しかでないような場所を叩くのは感心しませんね。

記事の解説中にもありますが、リタリンに関する日本の特殊性はうつ病への適応が認められている点です。
１９５８年に販売開始され、当初は軽いうつに使われていたが、旧厚生省が９８年、抗うつ薬で効果が不十分な難治性・遷延性うつ病に適応症を限定した。世界６０カ国以上で販売されているが、うつ病に使用しているのは日本だけとされる。
（薬物依存症：「リタリン」で急増　医師の安易処方が原因か 毎日インタラクティブより）

報道されている名古屋の自殺のケースも、うつ病の診断をきっかけとしてリタリンの処方がなされています。この事例の自殺の原因がリタリン乱用であるのかどうかについては検証が必要であるようには思いますが、少なくともリタリンへの依存症であったことは間違いなく、それが経過に大きく影響しているとは言えるでしょう。以前にもこのブログでもリタリンの乱用についての記事 を書かせていただいたことがありますが、成人へのうつ病を診断名としたリタリンの処方は、乱用に繋がりやすく研究者や行政によるこのような動きは歓迎すべきものであると考えます。

一方でこのブログの読者の方にはリタリンはむしろ注意欠陥多動性障害（ADHD）の治療薬として、認知されているかと思います。注意欠陥多動性障害の児童に対するリタリンの処方には、乱用に繋がるリスクはないのでしょうか。

これについては実は研究者や臨床家の間でも議論になっており、完全には結論はでていませんが、次の論文が非常に参考になります。
Faraone SV, Wilens T. Does stimulant treatment lead to substance use disorders? J Clin Psychiatry. 2003;64 Suppl 11:9-13.
こちらのページ から全文のPDFがダウンロードできます。

この論文でFaraoneらはそれまでに行われた7つの研究を再分析し、ADHDに対する薬物療法は、むしろ薬物乱用を減らす効果があるとしています。というのはADHDそのものが各種の薬物などの乱用を引き起こすリスクファクターであり、中枢刺激薬によって治療することで、物質乱用を発症するリスクがおよそ半分になるとされています。

しかし海外の論文などでは、児童期にADHD治療薬としてメチルフェニデートを投与され、その後乱用に至ったケースも報告されています。今のところ国内では自分はそのような報告を見たことはありませんし、自分の経験でも児童期の処方から乱用に至ったケースはありません。じほうより出版されている注意欠陥/多動性障害‐AD/HD‐の診断・治療ガイドラインの中でも日本の児童青年精神医学関連領域ではリタリンへの依存、乱用に関する文献は見つけられなかったとされています。

以上から当面の結論としては、リタリンの有効性も含めて考えれば、後の依存症の発症のリスクを必要以上に恐れて、児童期のADHDに対して処方を控えることにはデメリットの方が多いと考えられます。とはいえ乱用に至るリスクが全くないとは言えないこと、また年齢を経るに従い症状の軽減が見られ、家庭や学校での適応も改善するケースが多いことなどから、僕自身は中学生頃を目安にできるだけリタリンを中止するようにしています。

今回の一連の行政、研究者の動きや報道に対して過剰反応が起き、薬物療法が適当であるケースにもリタリンの処方が行われなくなるようなことがないように願います。

ADHDと治療薬に関する記事をまとめてあります。興味のある方はこちらもご覧下さい。
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Posted: 木 - 9月 20, 2007 at 01:33 午前       |

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